2008年02月02日

ホームレス生活者への法律教室

Gです。
今年になってのNさんの書き込みの量には驚かされます。

そんな訳で,静観していることが正解枝です。
それに,滞留した事務は本格的に拙くなっていて,ひたすら働いたのですが,まだまだ出口が見えません。
そのうえ,来週6日から小笠原相談会。。。。ヤバ・・
が,PCいじっていたら,段ボール箱の中に04年の投稿記事が残っていたので貼り付けておきます。

ホームレス生活者への法律教室


東京司法書士会
後 閑 一 博

ホームレス問題の現状
 2002年8月7日「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が制定された。同法で定めるところにより国の基本方針策定のために2003年厚生労働省が調査した結果、全国の野宿者(ホームレス、路上生活者)は、25,296人いることがわかった。しかし、この数は生活困窮者(欧米流の定義による「ホームレス」=安定的な住環境にない人たち。日本で言う「野宿者予備軍」)のごく一部に過ぎない。その背後には、114万人の生活保護受給者(2002年)、推定200万人の生活保護水準以下の年金受給者、200万人のフリーター、350万人の完全失業者、21万人の自己破産者、等々が控えている。90年代以降、長引く不況と雇用の流動化の中で、日本もアメリカ型の「立派な」階層分化社会になりつつある。東京だけでも毎年2000人が新規に路上に「流入」してきており、行政が行う野宿者対策では吸収できずに増え続けているのが現状である。
 増え続けるホームレスの大きな誘引は、多重債務の問題である。人は生活困窮に陥ったとき、誰しもホームレスになるまいと必死の努力をする。家族親族・友人知人を頼り、または消費者金融などから借金し、返済に窮した結果、「負目」を感じながらホームレスとなる。当然、借金は残り、しかも「負目」という数字に表れない高利がつきまとう。これが悪循環となり路上脱却を妨げる一つの阻害要因となる。
 悪循環はさらに続き、野宿者は怠惰と評価され、就労への道が閉ざされる。ところが現実には、統計によっても、野宿者の7割の人が何らかの形で仕事をして収入を得ているし、直接食料を得るための努力を労働に含めれば100%に近い野宿者は労働していることになる。しかし、彼らに対しての世間の目は冷たく、ひとたび路上にでることにより、就業することは極めて困難となる。

ホームレスに関する法律教室の分類
 前記に報告した現状のなかでも、ホームレスに関する「法律教室」は、少なくとも次の3種に分類される。
 1つは、野宿者自身に対し、生存権等の自ら当然に持つ人権についての啓発や自立意欲の喚起に関するものである。彼らは、野宿に至る経緯の中で人との接触により少しずつ追い詰められてきたという気持ちが根底にあり、部外者に対しての警戒心が強い。そこへ、憲法で保障された人権としての生存権などと説明しても理解されることは稀であろう。まして彼らのほとんどは生活保護制度があることを知っているし、なんらかの形で福祉事務所との接触をもっており、そこでの厳格な対応を感じているのである。しかし、自らの権利を理解し主張してはじめて実現するという事実を知ってもらうことは、他のどんな法教育・法律教室より重大なものである。
 2つは、やはり野宿者自身に対し、多重債務問題に関する正確な知識を説明することである。多重債務処理に関しては、その知識の欠如と様々な誤解により問題を深刻化させている。例えば、自己破産すると戸籍に載り2度と就業できなくなるといった誤解は広く蔓延しており、数十万円の借金のために一生路上で暮らし続けなければならないと「観念」してしまっている人も少なからず存在する。彼らは、住民登録をすることを頑なに拒み自立への阻害要因となっている。
 3つは、市民の野宿者に対する誤解を解消することや人権についての啓発である。怠惰と評価された野宿者の再就職は難しい。特に事業者に正確な知識を伝え、その誤解を解消することは大きな自立支援となる。また、野宿者を襲撃する青少年は後を絶たない。偏見や差別意識を解消し、人権尊重意識の啓発は絶対に必要な活動である。

ホームレス総合相談ネットワーク
 以上を踏まえ、野宿者の人権を擁護し救済する目的で司法書士・弁護士・支援者で本年2月に結成したのがホームレス総合相談ネットワーク(以下、「HL相談」という)である。
 HL相談では、救済のための法律相談と情報提供としての法律教室を両輪と捉えて、必ず同時に開催している。現在のところ、月1度の割合で路上と都内の保護施設において交互に開催しているほか、必要に応じて、先の3つに分類される人権啓発の法律教室を中学校などで開催している。
 路上での教室は、支援者との協力で開催することから毎回100人を超える参加者がある。拡声器などを準備できないことが多いため、より多くの人に伝えるためにはいくつかの工夫が必要である。1つは大声で叫ぶことであり、1つは寸劇を交えながら判りやすく説明することにある。毎回担当する法律家が脚本を書き上げ、私たち自身がときにはヤミ金に扮して強硬な取立てを演じ、ときにはホームレスに扮し不安げに仲間に相談することなどを演じる。アンコールがおこることもあり、演じながら私たち自身が楽しむことができる効用もある。
 さて、法律教室の目的は、転ばぬ先の知識や知恵を伝えることではなく、現に救済が必要な人に対するもので即効性のあるものでなければならず具体的説明となる。時効援用、特定調停・自己破産手続やそれらの手続きに伴う法律上のメリット・デメリットなどの説明は、理解に差が生じることも想定しなければならない。そこで具体的説明の中に幾度も、少なくとも飢えや寒さに恐怖しなくてもいい生活をする権利があり、その権利は、お金を貸している人のお金を返してもらうためのどんな権利より重いということと、法律家に支援を求める権利があることを繰り返す。
 保護施設とは、正式には緊急一時保護センターという施設であり、東京都において野宿者が救済を求めたときに必ず1ヵ月間入所し、その後の自立支援センターにおいて求職活動を行う準備として、心身の健康回復や自立方針を決める施設であると報告されている。遅くても1ヵ月後には入所する就職活動の場である自立支援センターでは、原則として住民登録を行い求職活動することが求められているから、直近の問題として債務整理が要求される。300名収容の施設において毎回100名前後の人が法律教室に参加し、誰もが身近な問題として真剣に耳を傾けることを特徴としてあげることができる。レジュメも準備することが可能なため路上に対して密度ある法律教室を行うことができる。しかし、ここでも相手が典型的消費者金融でないから無理だなどと誤解し、自らの立場を否定的に考える人が多く、先の数字に表れない「負目」という高利との葛藤に苦しむこととなる。

あなたの選択は間違っている!
 HL相談でのある日、法律教室担当であった私は、大雨が降る有楽町駅程近くの数寄屋橋公園で叫んでいた。「借金を返す必要がないなどとは言いません。借りたものは返すべきです。でも、借金が原因で路上にいるのであれば、あなたの選択は間違っています。それと、あなたやあなたが大切にする人の幸せを願うことでは、重みが違いすぎます。まず、あなたは自分や自分が大切にする人の幸せのために努力すべきです」。その後、個別相談に移ったとき目の前に座る50代の男性は、「10年前に夫婦で話し合って、私だけ家を出ました。子どもは当時15歳を筆頭に3人で、一番上の子は、先日結婚しました。子どもの晴れ姿を見てあげることができずに本当に申し訳ない思いです」と目頭を押さえ「あのとき死ぬ勇気があれば、家族に迷惑を掛けなかった」と懺悔する。つい先ほどまで傘に埋もれた人影でしかなかったこの男性は、10余年の間、東京の下町を転々と野宿してきたという。ここでも、私は「あなたが遺棄した家族の問題と数百万円の業者からの借金の問題とでは、重みが違いすぎる、あなたの選択は間違っている」と同じようなことを言っていた。少なくとも彼は、飢えや寒さと戦うよりも、家族の幸せのために戦うべきだったと感じたから。
 同じ時間、隣のテーブルでは、10年間この日が来ることを夢見ていたという男性が別の法律家に嗚咽しながら、何度も礼をしていた。「消滅時効を援用する」というたった数行の通知により開放される苦しみを、10年間1人背負いながら野宿していたのである。
 これは、1日の光景であり、同時に毎度の光景である。場所が、数寄屋橋公園から山谷の公園、新宿の公園、保護施設にかわるだけである。

人権110番
 私たちは、生命の危機に瀕したとき当然に救済を求めて110番や119番にコールする。一方、貧困はそのこと自体が人間の尊厳に対して重大な影響を及ぼす事象であり、その尊厳は、命に勝ることさえある重要な人権であるにも関わらず、事実上の保障がなく、110番も119番も準備されていない。
 憲法第25条は生存権として「健康で文化的な最低限度の生活」を国として保障し、具体的な保障は、生活保護法に委ねられ、その運用は、福祉事務所に委任されている。しかし、福祉事務所には、生活保護申請書はもちろん書き方を示したものも置いていない。それどころか、65歳以下の稼働能力があるとされる年齢の方が困窮を訴えても、苦しいのはあなただけではないと諭され、あるいは怠惰と怒鳴られ追い返されるという現実が多数報告されている。
 すでに人間としての尊厳に侵害を受けている野宿者たちは、最後のセーフティーネットである福祉事務所においてさえ、法外援助である一欠片の乾パンと「ガンバレよ」の一言と引き換えに自らの権利を放棄していく。
 たかだか借金(誤解を招く表現ですが)の問題で家族を捨て、野宿を選択し飢えに苦しみ、当然の権利としての生存権保障を放棄し、その結果、幸福を追求する体力も失っていく。幾重の凋落の中でどのタイミングでも人権の110番や119番を提供できなかったことが残念である。

第四分類の法教育
 ホームレスの人々の幾重の凋落は、決して一夜に起こることではない。誰しも野宿を観念する前にあがき救いを求める。家族や親類縁者・友人知人に相談した結果、その不正確な情報やアドバイスなどの誤解から間違った選択を余儀なくされることが多い。もっと身近に感じる法律相談の窓口や人権啓発の法律教室が準備されていれば、彼らは路上に至らなかった。
 もっと深刻なことは、法律相談の窓口にまで行きつきながら、相談する側の説明能力の不十分さや、相談を受ける側の意識の問題から相談の根本部分である貧困困窮の問題に触れることなく、例えば免責不許可事由の有無などという、一方面からの切り口だけのアドバイスや不用意な発言により、セーフティーネットであるはずの法律相談が野宿選択の直接的入口になってしまうことが多々ある。当たり前過ぎる「生きていく権利」は、借金相談の技術的アドバイスに埋没させられてしまうのである。
 私たちは、真摯にこれらの事実を反省しなければならない。司法書士は、多重債務の問題には積極的に関わり、その救済に力を入れており、その社会的評価を受けている。しかし、その終末としての事象であるホームレス問題に関しては、大きな社会問題であることを認識しながら、個人の自由の問題と矮小化して捉え、有効な救済活動を行ってこなかった。貧困に苦しむ多重債務者と業務として多数接しながら、生活再建の手段としての生活保護に対しあまりにも無関心であった。
 私たちは、彼らを救済することや、彼らに情報提供する能力があり、しかも救済や情報提供することに大きな困難を伴わないだけに残念でならない。
 第四分類の法教育とは、実は私たち自身が自らに課す人権意識であり、自らへの人権教育なのではないだろうか。
posted by MotherShip at 22:16| 東京 ????| Comment(0) | PCの段ボール箱

2006年11月11日

机上データから机上の議論を批判する

ご無沙汰してます。忙しくて書き込みできませんでした。
そこで,今回もこのシリーズ(昔何かに書いた文書をそのまま貼り付ける)でお茶を濁します。ちなみにワードのプロパティによれば,作成日は01年2月27日となっています。


机上データから机上の議論を批判する。


司法書士 後 閑 一 博


一九七八通の「法律相談アンケート」

全国青年司法書士協議会(全青司)が、一九九九年七月に実施した、三二五三全市町村に対するアンケート結果は、一九MBのCDに集約されデジタル情報として手元に残った。アンケートには少なくても一九七八人のまだ見ぬ人たちの温もりを感じたが、デジタル情報と化し、数字と文字の羅列となった、今は、温もりのかわりに、感情で曲げ得ない実数のみが冷酷に問い掛けてくる。
三二五三自治体中、全青司の「法律相談に関するアンケート」に回答があった自治体一九七八(六〇・八五%)。アンケート回答自治体中、法律相談(登記相談総合相談等含まず)を開催している自治体一〇五六(五三・三八%)。法律相談を開催している自治体中、現状どおり法律相談を継続する自治体九一六(八六・七四%)、法律相談を増やすべきであると回答した自治体一二六(一一・九三%)、満足を得られていると回答した自治体一一五(一〇・八九%)、必ずしも満足が得られていないが役所の対応とすれば適切であると回答した自治体六三六(六〇・二二%)、不充分であり対応策の必要を感じると回答した自治体六四(六・〇六%)。そして、全青司の巡回法律相談を要請した自治体一三八(四・二四%)。
これらの数字を全青司が、法律相談事業をメインとする活動を選択した理由を縦軸、アンケートの動機を横軸として当てはめる事により司法の抱える問題点が明確化するのではないかと考える。

縦軸として「巡回法律相談の企画と動機」

平成七年新民事訴訟法が施行され、少額訴訟が注目を浴び、同時に支払命令は、支払督促と衣替えし、手続きは簡易化し、共に利用しやすい司法への改革の第一段として、司法改革がスタートした。しかし、この改正を歓迎しながらも、私たちは、その弊害を心配した。
少額訴訟においては、利用しやすい司法であっても裁判所が遠ければ活用できない現実を。督促手続においては、法律家が一切関与することなく債務名義が発せられる可能性をである。
その心配は翌々年三月に、島根全国大会で発表した、司法書士〇一マップを見たときに、杞憂ではないと確信するにいたった。全国隈無く存在すると認識していた司法書士ですら四五%の自治体が〇一地域なのである。この現実を何とかしなければならない。そして、私たちが現に可能なこととは。これが巡回法律相談事業のスタートである。

横軸として「アンケート調査の企画と動機」

司法書士は、全国に点在し、身近な司法の担い手であることを標榜している。しかし、四五%の自治体は、〇一なのである。弁護士の九一%を遙かに上回るもののその地域での司法に対するアクセス方法は、自治体が主催乃至把握する法律相談が頼りなのではないかと考えた。
巡回法律相談は、それらの法律家のいない四五%の自治体とコンタクトをとることから始まった。当然のように、突然の申し入れに戸惑いを見せる自治体との連絡調整に多くの時間が費やされた。小さな町に法律相談は必要ない。との回答もあった。実際にはどうなのか。法律相談は開催されているのであろうか、それで足りているのであろうか、必要ならばどのような相談の準備をすべきなのかを確認する必要性からのものであった。

座標軸に当てはめる「都市部の司法アクセス」

司法過疎とは、人口の少ない過疎地を指すのではない。司法アクセスに障害のある地域を指し、それは都市部にも当てはまることである。アンケートでは、先ず都道府県庁、地方裁判所、簡易裁判所、家庭裁判所、法務局へのアクセス方法を設問した。北海道のある都市、愛知のある都市、一〇万人を超える都市でありながら弁護士は〇である。ともに都道府県庁まで電車で四〇分、車で六〇分の移動時間が必要であるという回答がある。このほかの質問には、北海道の市では総て自治体内にあると回答しているのである。そして自治体の把握する法律相談は、年二回弁護士により行われ、一回の所要時間は、四時間、この市は法律相談の相談時間一人二〇分を増やす方向で検討しているという。愛知県のある市では、法務局と簡易裁判所が自治体内にあり、地家裁は、共に県庁所在地となる。法律相談は年三六回開催され、一回の開催時間は二・五時間であり、今後、法律相談の回数、開設場所を増やすべきだと回答している。共に、相談会や相談時間を増やすことを検討しているという。つまり、法律相談の機会さえ足りていないのである。

座標軸に当てはめる「過疎地の司法アクセス」

都市部の司法過疎は、大きな問題であるが、実際に裁判所が遠く、法律専門家が存しない地域の司法過疎は、もっと深刻である。それらの地域にも係争性のある問題は現に発生している。例えば、東京都小笠原村、この地を管轄する裁判所までは、片道二五時間の航路を要する。本年二月四日に開催した、法律相談には二八組の相談があった。その殆どが、本来司法による解決を求めるべき相談であった。
アンケートにおいても、地裁支部まで航路若しくは空路でしか移動できない自治体が一七あり、自治体内に有人離島をもつ一〇四の自治体を含めて換算すれば、もっと多くの市民が実質上「裁判を受ける権利」に制限があることとなる。これは、離島だけの問題ではない。山間部や雪道を移動する場合には、実際距離以上のアクセス障害があり、これらの地域もまた「裁判を受ける権利」に物理的制限がある地域といえる。

司法過疎の現場から

四五%の自治体は、司法書士が〇一である。九一%の自治体は、弁護士が〇一である。五三%で開催されている法律相談であっても六六%が満足なものではないと答える。これらの数字は重い。しかし、実際の司法過疎の地で開催した巡回法律相談により、何度も聞いた「裁判所は怖い。」「弁護士は敷居が高い」「口利きを頼んだ。」「泣き寝入りした」の言葉の意味は、もっと重い。市民は既に法律家はおろか司法を見捨てているのである。
司法過疎の問題を公設事務所で解決しようとの意見がある。例えば石見の公設事務所については、圏内人口二〇万人であることをもう一度考える必要がある。法曹人口年間三千人容認決議もまた司法過疎の裁判を受ける権利を保証するものではない。司法書士の簡裁代理も条件を付した議論となっている。
私たちは、司法過疎の問題の大きさや身近さの尺度を何度も提示してきた。これは、司法過疎の問題は構造上の欠陥として制度として議論しなければならない。との認識からである。しかし、その結論を待ち、淡く期待するだけでは、あまりにも問題は大きく急を要する。ともに現場に出よう。
posted by MotherShip at 08:43| 東京 ??| Comment(0) | PCの段ボール箱

2006年09月23日

脱却できないホームレス

これは,2004年に,消費者法ニュースに投稿したものです。

そこで質問ですが,PCの段ボール箱シリーズは,多くは過去に書いた拙文で,原稿料とかもらっていないものを中心に貼り付けているのですが,この手のものって著作権は誰にあるんでしょうね?(自分で調べろって!!)

脱却できないホームレス(現場からの検証)




寄稿に当たって

 私は、ホームレス総合相談ネットワークに所属し、路上や東京都の自立支援施設などで野宿生活を余儀なくされた方の法律上の問題について相談を受けている司法書士であり、被害者ではない。しかし、私たちがこの一年で受けた300件を超える相談のうち76%が借金に関する相談であることから、借金(もちろんこのためだけではない。)のために、住居を失い、飢えや寒さに生命の危機を直面し、青少年からの襲撃や行政からの排除の恐怖にさらされ、怠惰と罵られたうえ偏見の視線を浴びるホームレス生活を余儀なくされた多くの小さな声の被害者たちを代弁して本稿を寄稿する。

どこまでも続く悪循環 

 2002年8月7日「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が制定され,同法で定めるところにより国の基本方針策定のために03年厚生労働省が調査した結果,全国の野宿者(ホームレス、路上生活者)は25,296人いることがわかった。そして、ホームレス生活者の多くが借金の問題を抱えている。人は誰しも,ホームレスになりたくないと必死にもがく,親類縁者や消費者金融から借り入れ,それでも生活困窮を脱しきれず,取り立てに背中を押されるようにホームレス化していく。一般的に、まじめな方が多い野宿生活者は、負い目という数字以上の高利を残す。それが、生活保護申請時の扶養義務者への照会や自立としての就労活動のための住民登録に深刻な影響を与え重大な自立への阻害要因となる。
 彼らの陥った悪循環は、それにとどまらない。むしろ入り口といってもいい。昨年10月に殺人罪等で社長らが逮捕された朝日建設は、野宿労働者を雇い入れ、低賃金で(それすら相殺等を主張し支払われていない事実もある。)劣悪な環境で労働させられている代表例であった。このように全国の飯場には、山谷等の寄せ場で声をかけられて劣悪な労働条件で雇われる野宿労働者は後を絶たない。
このほかにもホームレス生活者がヤミ金融の振込口座名義人に利用されていることは有名であるが、これすら彼らの戸籍や住民票が悪用されている一例にしか過ぎない。

自立への道

 彼らの、どこまでも続く悪循環からの脱却は、決してやさしいものではない。就労に関する有効な施策がない今、事実上,都の行う自立支援事業としての施設入所からスタートしなければならない。施設に入所し、一定の援助を受けながら求職活動を行うのであるが,ここで住民登録をすることとなり,否応なしに自らの過去と向かい合うこととなる。一般的には決して多額ではない借金であるが,生活保護すら受けられない(ここが問題なのだが)当事者にとっては,とてつもなく大きな借金と感じている。それ以上にそもそも追い込まれて野宿に至った当事者は,そのとき感じた恐怖と同じ戦いをしなければならないのである。事実,施設にいる最長4ヶ月の期間に大抵の債権者からの催告書が届く。それに絶望し,また路上に戻ってします当事者も少なくない。
 実際の受ける相談の多くは,消滅時効が完成した借金であることが多いが,あまりにも多くのことを犠牲にして耐えた消滅時効が完成するほどの期間を経て,やっと見つけた常雇用を元金の5倍6倍もの遅延損害金で捨てなければならないのであれば,あまりにも悲しすぎると思う。「後記通知人に代理して消滅時効を援用する。」で始まる短い手紙、毎週のように何度も上書き保存した「後記」に記載された当事者の住所氏名、20字にも満たない文字の中に翻弄された半生があることを私たちは決して忘れない。
posted by MotherShip at 21:43| 東京 ????| Comment(0) | PCの段ボール箱

2006年08月15日

新 島 伝 説

PC段ボール箱シリーズは,ネタ切れのときに自分の拙文を探し出して貼り付けるという,ブログとすれば,えげつな〜〜ぃ,作戦なのですが,今回は,もっと えげつな〜〜ぃ 他人の文書を貼り付けるという荒技を挙行します。

04年10月の新島相談会に参加した“阿部 亮”司法書士のNPOへの報告書です。かなりの力作です。

それはともかく,“阿部 亮”司法書士は,島へも,ホームレス生活者の場へも,もだいぶご無沙汰をしているようで,,,まぁ! 早く帰って来いよ!と軽くメッセージ!を残しておきます。




新島観光協会のパンフレットを手に取る。「碧い海と白い砂のロマン」と書かれている。
その昔、若者達が真夏の夜の夢を求め、ナンパのメッカ新島を目指したという「新島伝説」。
「JUST WAIT IT!」世界中のサーファー達の楽園。
そんなところに法律相談なんて野暮なことをしに行ってきた。

平成16年10月24日AM9:00、東京調布空港、滑走路の上。
首都圏から集まった物好きな弁護士KOKAI、司法書士GOKAN・IMI・ABE、司法書士兼調停委員IMAIZUMI、税理士ISAYAMA・TOKUDA。男4人に、女3人の合わせて7人。

滑走路上で静かに離陸を待つ中型のセスナ機(Fairchild Dornier 社製Do228-212(ドルニエ) 乗客定員 19名 エンジン 776馬力×2 時速 410km。)に乗り込んだ。

30秒足らずの滑走の後、ふわりとその機体を宙に浮かべたドルニエは横浜上空を抜け、南へ約160km、雲一つ無い秋の空を、有視界飛行で滑空する。

約30分の穏やかなフライトの後、眼下のコバルトブルーの海洋に新島の姿が浮かび上がった。島の周囲約28q、人口約2.600人のひょうたん形をした新島の隣には、島の周囲約12qの式根島が寄り添っている。

着陸を知らせる機内アナウンスの後、ドルニエはゆっくりと新島空港に着陸姿勢を取った。と、突然の大揺れ、機内に悲鳴が上がった。新島の谷から吹き上げる島風が機体を強く揺らしたのだ。

飛行機酔いは離陸時ではなく着陸時に襲ってくる。機内の乗客達の悲鳴が着陸への歓声へと変わるなか、飛行機酔いのABEとIMIだけは黙ったまま、ただただ機体のゴム車輪が滑走路と摩擦するまでのラスト3分をじっと耐え祈るのであった。

ちなみにIMIは飛行機酔いだけではなくひどい船酔いもするらしいが、毎年、離島巡回法律相談のための小笠原諸島への26時間の船旅をこなし続けている鉄の意志を持つ女である。

地方のローカル駅並みの新島空港を出ると、島での遊び時間を1秒たりとも無駄にしたくないKOKAIが空港ロビーでもたもたするメンバーのケツを叩き始めた。

KOKAIは離島巡回法律相談と称して、伊豆七島以外にも多くの島に行き、アウトドアライフを満喫しているらしいが、彼のなかでゆったりとした「島」時間が流れたことはあるのだろうか? 島にいるときの彼は、間違いなく東京にいるときより忙しそうだ。

KOKAIに急かされながら、2台のレンタカーに分乗した一行はまず、宿泊予定の宿に向かった。

ABEは飛行機酔いの余韻から回復しつつある頭で、ぼんやりと車窓を流れゆく景色を眺めながら、何かとても不思議な違和感を感じていた。だがその時点ではそれが何なのかは分からなかった。

車は不案内な道を進みながら、市街地に入っていった。
人口3000人の島にしては時折、立派な石造りの建物が車窓に飛び込んでくる。
「また無駄な公共事業かな」などと穿った見方をしていると、助手席のISAYAMAが解説を始めた。
「この島の建物はコーガ石(抗火石)という石で造られている場合が多いらしいの。コーガ石(抗火石)というのはイタリアのリパリ島と新島にしか産出されていない貴重なものらしく比重がとても軽く、石の持つ重く冷たいイメージが無くて、石肌が柔らかく軽量で加工性に優れている為、彫刻によるアート的な表現も自由自在にできるのよ。」

それを聞いたABEは先程からの違和感が何なのかがはっきり分かった。
「そうだ、さっきから変な顔の彫像が道ばたにゴロゴロ転がっているんだ。」
そう思った瞬間、視界が開けて、車は市街地を抜け、真っ青な海を抱いた海岸線に出た。その海岸線に立ち並ぶ、モアイ像の群れ。コーガ石を削って産み落とされたたくさんのモアイ像たちがこっちを見ているではないか。
「おお、なんと現実離れしたこの雰囲気!島の人口よりモアイ像の方がはるかに多いのではないだろうか!・・・まさに新島伝説・・・。」

あとで聞いたことだが、このモアイ像の正式な名前は「モヤイ像」というらしく、東京の渋谷駅の待ち合わせ場所として有名な「モヤイ像」は、新島のコーガ石を使って、新島のアーティストが創作したものらしい。

ちなみにISAYAMAは小笠原諸島父島の小笠原亀センターというところで長く働いていたらしい。税理士だが、本職の税務以上に亀の生態に詳しいらしい。
どんな島でも一人で乗り込んで行って、その島の行政に巡回法律相談開催の約束を取り付けてくる女だ。しかし、なぜかみんなから「兄貴!」と呼ばれている。

予約していた宿に到着していた一行は、すぐに荷物を置き、バーベキューの舞台に決めていた島の南西に位置する「間々下海岸」へと、キャベツ1個360円のスーパーマーケットを経由し向かった。
「間々下海岸」。そこにもまたコーガ石で造られた高さ20メートル程の「天国へと伸びる階段」が誇らしげに立ち、白い砂浜の向こうには、「パルテノン神殿」がそびえ立っていた。現実感がどんどん稀薄になっていく島である。

一行は観光案内所で浜にバーベキュー炉があることを聞き、しきりに砂浜の上を歩き周り、バーベキュー炉を探したがいっこうに見つからない。しびれをきらしたISAYAMAが観光案内所の女にもう一度訪ねたところ、「あぁ、やっぱりこの前の台風で埋まっちゃったのね。」という回答をもらった。がっかりする一行をぼんやり見ていた観光案内所の女は、「屋内バーベキュー場があるから大丈夫!」ということで、案内されたのは「天国へと伸びる階段」の階段の下であった・・・。そんなわけでバーベキュー大会は白い砂浜の上ではなく、奇妙な階段の下で行われた。バーベキューの最中、ほ
ろ酔い気分で屋外の公衆トイレから戻ってきたABEの目の前には、雑居ビル火災のごとくもうもうと煙を上げる「天国へと伸びる階段」が迷惑そうに立っていた。

DSC02027.JPG

10月20日の台風23号(日本列島を縦断した超大型台風)の影響はバーベキュー炉に止まらなかった。貯水池がない隣の式根島に新島の井戸から海底送水管で生活用水が供給されているのだが、台風が引き起こした波の影響で海底送水管が断裂し、式根島は断水状態のまま復旧の見込みがなく、村役場には災害対策本部が設置されている状態であった。

腹ごしらえを終えた一行が昼下がりの眠気をもよおしはじめたころ、GOKANは一人、子供用の釣り竿を持ち、海岸沿いの突堤に消えていった。
KOKAIも再びメンバーのケツを叩き始め、一行はGOKANを間々下海岸に置き去りのまま、島の反対側、羽伏浦海岸に向かった。
絶好の波が打ち寄せるサーフィンスポットとして、世界中のサーファーにサーフィンのメッカと称される羽伏浦海岸は、島の東岸約6.5kmに渡って続く真っ白な砂浜であった。

眼下にどこまでも続く砂浜に、秋の寒さを忘れたサーファーが数人、波を待っている。

丘サーファーならぬ口サーファーのTOKUDAが浜辺でひとしきり解説を始める。
「今日のチューブはイマイチだね!波がすぐに潰れちゃっているよ・・・!」
そこに水着に着替えたKOKAI、ISAYAMA、ABEの3名が借りてきたボードを脇にかかえて、はしゃぎながら海に突進していく。気温は寒いが海の水温は高い。
見よう見まねでパドリング(ボードに腹這いになり、クロールのように水を漕ぐこと)を試みたKOKAIがまず、中ぐらいの波に跳ね飛ばされて浜辺に打ち戻された。
続いて、ISAYAMA、ABEが次々に波に襲われ砂浜に打ちつけられる。
遠くの方で、KOKAIの歓喜と悲鳴の混じり合ったわめき声が響く。「自然の力だ!自然の力だ!」トランス状態になっている新興宗教信者のようにはしゃぎ続けるKOKAI、ISAYAMA、ABEの3人。「こんな奴らに、明日、まじめな顔で相談をする人々の思いとはいかがなものだろうか?」

とにかく外洋の波の力は半端ではないとうことを繰り返してでもお伝えしなければならない。体は抗う術もなく波に引きずり込まれ、砂浜に打ち返される。このあまりにも巨大なパワーを一度でも体感した人々がサーフィンにはまる理由がよく分かる。とにかく波は、否、自然とういものはすごいパワーを持っているのだ。これほど分かりやすく人間の無力さを知る方法もないのではないか。

砂浜に上がったKOKAI、ISAYAMA、ABEの3人は寒いのか、興奮しているのか、とにかくぶるぶる震えながらニヤニヤするのであった。

午後5時。 間々下海岸の先の巨大な岩の上にパルテノン神殿はあった。
DSC01435.JPG
太平洋から沸き上がる夕焼けを背にコーガ石様式で建造されたギリシャ建築の陰影がくっきりと浮かび上がっている。
地上30メートルはある巨大な岩に巻き付けられた螺旋階段を登るとそこは空中露天風呂だった。視界の隅々に至るまで眼下に太平洋を望む、それはまさに神々の沐浴場。
通常、パルテノン神殿は処女神殿と訳されるが、古代ギリシャ語では、パルテノスは単に若い娘を意味する。そうであるならばそこに若い娘達の水浴びはつきものと期待したが、天は二物を与えてはくれなかった。
そこではただ、島のおばちゃん達が元気に水浴びをするのみであった。

午後6時、遊び疲れた一行はようやく宿に戻った。
宿の食堂のテーブルにはGOKANが大量に釣った「猫またぎ(猫も喰わない魚)」のフライが大皿に盛られているが、誰もそれを食べようとはしなかった。メンバーの同情の視線に見守られながら、GOKAN一人が、初心者の釣り人特有の興奮で麻痺した舌で、(宿のオーナーの好意からか?)カレー粉パウダーで味を殺された「猫またぎフライ」を黙々と食べていた。

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宴会は食堂から部屋へと続き、夜の11時過ぎに、一行は村のパブへと抜け出した。
「明日の法律相談のために今夜は休もう・・・」という提案をするものは一人もいなかった。夜中の寝静まった島の市街をさまよい歩き辿り着いたパブ「くろんぼ」。とても離島のものとは思えないゴージャスさ。外壁はコーガ石で造られ、空間も贅沢に広くつくられていて内装は銀座か六本木のクラブの様であった。
一行は、サーフィンやボディーボード好きが高じて島に移住してきたホステスの女の子を交えて、司法書士法人の新島支店開設などの話題でひとしきり盛り上がったあとは、カラオケでしめられた。宿に戻ったのは夜の2時か3時か・・・。
「明日の朝は誰かちゃんと起きてよ!」などとお互いに言い合いながらその夜は眠りについた。

10月25日午前9:00抜けるような秋晴れの青空の下、一行は寝ぼけ眼で新島村役場に向かい、到着後役場のM氏と打ち合わせを行った。
Mさんのご厚意で前日に、広報誌の臨時号「広報にいじまお知らせ版」を全戸配布していたき、その日の夕方に防災無線を流してもらった。式根島の法律相談会は台風災害での対応が終わっていないということで中止ということになり、お知らせ版を配布の上、防災無線で中止を流したそうである。

いずれにしろ今回の行程取りで式根島に行くのはかなり無理があったのではないかとKOKAIはつぶやく。その理由としては新島・式根島間は村営連絡船があるが1日3便しかなく、新島から本土への帰りのセスナの最終便への連結がかなり難しいのである。昨年までは秋期も東海汽船のジェット船が新島・式根島に就航していたが、天候を原因とするあまりの欠航率の高さから今年はこの時期運行を取りやめた(秋期冬季はジェット船は大島航路しか存在せず)。そのため、新島への来島手段はセスナか夜行客船しかなく、ますます短期滞在での法律相談会は難しくなっている。

前回行われた新島法律相談会は土曜日に開催されたため、行政機関等への挨拶回りができなかった。そのため、今回は平日開催とし、社会福祉協議会、商工会、教育委員会に挨拶を行った。個別相談の案件ですぐに役場に固定資産評価証明の名寄帳をとりに行くことができたこともあり、やはり土日よりは平日開催の方が便利だとも考えられるが、平日それぞれに事務所経営をしているメンバーにとって、平日の渡航はかなり難しいのも現実である。

法律相談会が開催されているなかGOKAN、ISAYAMA、TOKUDAが商工会を周り、経営指導員U氏に挨拶を行った。
島では消費者被害(オレオレ詐欺、催眠商法、広告料商法)もけっこうあるらしい。確定申告は、新島の会員は東京の税理士に委託している人も多いが、式根島ではそのような人もおらず芝税務署の指導のみを受けて申告するのが普通(よって、妥当な方法を知らない)らしい。島にいる法律家は、行政書士及び土地家屋調査士が各1名ずつ。難しい相談は、大島の司法書士に頼ることもあるとのこと。
U氏は我々の活動に理解を示してくれそうな方であった。メンバーが今後法律教室を行いたいとの希望を伝えたところ、役員会やその他の会合の際に来てくれれば島民の参加者も多いのではとの回答があった。

NPO司法過疎サポートネットワークの活動とはこういう人々との出会いのなかで培われてきたのかもしれないとABEは思った。

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法律相談会の結果は、相続問題が2件、離婚問題が1件、不動産問題が1件、借金問題が1件、DV問題が1件 計6件であった。

夕日を背にして新島を飛び立ったドルニエはそのしなやかな機体を滑らせて一路、調布空港に向けて飛行を始めた。機内の窓に一瞬映った新島の姿は、黄金に燃える海のなかにあった。

新人であるABEはあまりこのNPO司法過疎サポートネットワークの趣旨について深く考えたことはない。ただ彼等の乗る船に乗り、彼等の切り開いてきた道をついて行っているだけである。

どんなに空が青くても、どんなに海がきれいでも、どんなにのんびりとした島の時間が流れていても、人が生きる場所には、あまねく問題というものが存在している。

特に、雄大な自然と関連付けて島の人々の営みを語ることは危険である。
凶悪犯罪から小さな喧嘩、高額な民事事件から少額の消費者問題まで、複数の人間がいればその手の問題は必ず発生している。もちろん、それらの問題が法的解決になじむものかどうかはケース・バイ・ケースだ。

ただ、あえて押しつけがましい物言いをするならば、法的解決という選択肢へのアクセス権が十分に与えられていない人々とは、間違いなく不公平に虐げられた人々であろう。

都会であろうと、離島であろうと、人間の痛みはおしなべて平等であり、美しい自然がその痛みから島の人々を保護し、特別に損害を填補してくれるわけではない。そうであればその痛みから解放されるチャンスもまた人間に平等に与えられることが望ましいのだろう。

NPO司法過疎サポートネットワークのメンバー達はそのことにいち早く気づき、あえて不経済な巡回相談を黙々と継続してきたのであろうか。

ドルニエは穏やかに飛行を続け、やがて眼下に横浜港の灯りが見えはじめた。

「翼よあれがハマの灯だ。」

ABEはそのような恥ずかしい駄洒落を口にしてしまうほど、とても心地よい疲れに身をゆだねていた。
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2006年07月03日

法律扶助制度の利用体験談

毎月4000を超える閲覧者がいるblogだと思うと,情報発信しなきゃ怒られる!と思いつつ,くそ忙しいな〜〜と少し泣きが入っているGです。(最近はあえてGです!などいう必要性が皆無なのですが,,,)

そんな訳で,昔書いたものをそのまま貼り付ける汚〜〜ぃ作戦を挙行するのですが,実は,本編は初公開です。

業界団体(司法書士会)に,責任者として投稿せよと指示されながら,“そんな,オマエらの広告でしかないような文書を会員に配布できるわけねえだろ〜〜!”とお叱りを受け,お蔵入りしたモノです。

確かにつまらない文書なうえ,業界団体宛の文書として会員が喜びそうなえげつない表現もちらつき,面白くもなんともないのですが,まっ!お暇なら読んでください。




法律扶助制度の利用体験談

何とか委員会委員長 後閑一博(北支部)

扶助協会自主事業の制定
扶助協会東京支部により,平成17年7月1日制定された自主事業である「ホームレス自立支援に関する多重債務事件の運用指針」(以下「ホームレス指針」という。)は,ホームレス生活を余儀なくされた当事者にとって,また,任意で法的支援活動を行ってきた,「ホームレス総合相談ネットワーク」(以下「総合相談」という。)のメンバーにとって,朗報であった。

ホームレス総合相談ネットワーク
総合相談とは,03年に司法書士・弁護士・支援者により,飢えや寒さ,台風大雨降雪などから身を守ることができず,排除や襲撃の対象なる,事実上無権利状態に置かれたホームレス生活者に対し,法的支援を行うことを目的に設立した任意団体であり,主に東京都の施策である自立支援プログラムの一環である,緊急一時保護施設(東京司法書士会が相談会を実施する「江戸川寮」「千代田寮」と同趣旨の施設)と自立支援センター(同「中央寮」)において開催する施設相談と新宿公園や隅田川公園などの公園で,支援者が行う炊き出しなどに併せて開催する路上相談を実施している。

施設相談会
施設でも路上でも,ホームレス生活者(その状態にあった者も含む)の多くは,法律上の問題を抱えている。その大多数が借金に関する問題であることは,経験則上間違いのないなく,何らかの解決策は必ず見つけることは容易な場合が多い。
しかし,解決策は見いだせても,いざ救済となると先立つものがない。施設相談においては,本人の就職を待って,法的手続きに入ることも理屈的には可能ではあるが,今まで何度も踏みつぶされてきた当事者にとって,「必ず解決する。」などというオカルト的な私たちの発言が消化されることは希である。
私たちは,今後彼らが闘わなければいけない,ホームレスのレッテルや40代を過ぎた者に対する極限の就職難などに専念してもらうためにも,できる限り先延ばししないで,目に見える形で解決してあげたいと手弁当のみならず費用の立て替えまでしていた。

路上相談会
 それでも,施設相談においては,自立した当事者(その事実が一番の報酬と感じるのですが)から,分割で報酬をもらえることもあったが,現に路上生活状態にいる路上相談においては,そうはいかない。形に見える解決をしたくとも,連絡方法すらおぼつかない。いつでも相談に乗るのでと渡す名刺の無力さを何度も体験した。
 その体験から「路上からでは何も解決しない。」ことを知る。従って,路上の当事者には,生活保護を勧める。
 しかし,ホームレス生活者が生活保護を受給することは,私たちが思うほど優しいことではない。ホームレス生活者が「生活に困っている。」と福祉事務所に行けば,ほとんどの場合に「あなただけではない。」と追い返されるだけであり,同行しなければならない。

ホームレス指針の効果
 私たちは,施設相談や路上相談の問題点を共有し,またホームレス問題の根深さを検証し,手弁当の活動では広がりに欠けるとの意見で一致し,扶助協会に働きかけ制定されたのがホームレス指針である。
 路上の相談会においても,相談報酬がもらえるようになり,償還の猶予・免除が可能となったがかりか,行政手続き援助により,福祉事務所に同行した場合の報酬も受領でき,当事者からの償還を求めないという指針は,全国的にも画期的な指針と評価されるとともに,無償でやってもらっているという当事者の引け目からの解放としての効果もあった。

総合相談への誘い
 私は,ホームレス問題や貧困問題は極めて深刻な問題であるが,多重債務問題に多く関わり,財産とはいえない少額な生活資金である簡裁事物事件に責任ある立場にある司法書士が多く関わることにより劇的な進展があると確信している。
 今までも無償で手伝って欲しいか細い声で伝えてきたが,報酬が受領可能となった今,改めて,私たちと一緒に支援活動をしてくれる司法書士を求める。
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2006年04月29日

高齢者を狙った悪質商法とその対策

GW前に,未処理事件と格闘しながら,少し現実逃避がしたくなっている司法書士Gが,仕事のデータを横に除けて職場から報告しています。

とはいえ,逃げ切れるほど甘い敵ではないので,いつものようにパソコンにしまい込んだ文書でお茶を濁します。

今回は,昨年の秋口くらいに,某自治体の広報誌に寄稿した文書です。

高齢者を狙った悪質商法とその対策
〜成年後見制度を利用しよう〜


富士見市で起きてしまった悲しい事件

埼玉県富士見市に住む80歳と78歳の高齢な認知症(ちほう)の姉妹が、約5000万円もの不必要なリフォーム工事を繰り返させられ、あげくに住み慣れた自宅さえも競売に掛けられるという事件が発生してしまいました。
この事件を受けて、厚生労働省は、行政処分や取締りの強化、業界団体への自主対応の要請、リーフレットの配布とともに成年後見制度の促進が通知され、各省庁が連携して、同様の問題に対応すると通知されました。
この事件は、リフォーム業者によるずさんな工事としての視点からも注目されましたが、なにもリフォーム工事だけの問題ではありません。
今回は、後を絶たない、在宅一人暮らしのお年寄りを狙う悪質商法や詐欺商法から身を守るために、悪質商法や詐欺(サギ)の代表的な事例を紹介し、その対策としての成年後見制度を簡単に解説します。

こんなにある悪質商法

在宅で生活するお年寄りは、昼間家にいることが多いことから、訪問販売方式の悪質商法のターゲットになりやすいといえます。さらに、一度、騙されてしまうと、あの家は、しつこく勧誘したり同情を引くような話しをすると、商品を買ってくれるという情報が伝わり、次々と販売にやってくるという悪循環に陥ってしまいます。中には全く同じ商品を複数の業者から買わされてしまったという報告もあります。
わたしは、余分なお金は置いておかない主義だから、騙されるほどお金もないから、大丈夫と思っていても、信販会社の甘い審査を利用して、高額商品を購入させる業者は後を絶ちません。
その撃退方法として、だまされてしまったら、クーリング・オフ制度を利用したり、契約の取消や無効を主張し「泣き寝入り」しないことが重要ですが、騙されてしまった後に回復させるのはたいへん労力がいることです。また、騙されないように細心の注意を払い続けるにしても、悪質商法や詐欺商法をする業者は、あらゆる手段をつかって、言葉巧みに人を騙そうとしますので、注意のしようもないのが現実です。
それじゃ手の打ちようがないのかといえばそうではありません。騙されないためのもっとも有効な方法は、豊かな老後をエンジョイすることだと思います。
豊かな老後とは、金銭的なことばかりを指すのではありません。生き甲斐をもって楽しめる趣味をもち、気軽に相談できる友人がいて、家庭や地域の中で不足した能力を補いながら生活することが豊かな老後であり、豊かに生きていくことがつけ込まれない最大の撃退方法だと思います。

具体的な悪質商法や詐欺(サギ)には、以下のものがありますが、これも数ある悪質商法の氷山の一角であり、業者は、手をかえ品をかえ、言葉巧みに近づいてきます。
そもそも必要だったら、自分で探してでも購入するのだから、セールスマンから勧められたものは不必要なものだと思うことも重要です。

1.オレオレ詐欺
「おばあちゃん、オレオレ」と孫などを装って、事故を起こしたから、すぐお金を振り込んでくれなどという詐欺(サギ)、人の家族を思う優しさにつけ込む犯罪行為であり、最近では警察や裁判所を装う担当が決まっていたり巧妙になっている。

2.送りつけ商法や架空請求
注文していないものを一方的に送りつけ代金を請求したり、使ってもいないサービスを利用したと請求する詐欺。

3.催眠商法
「無料で商品を差し上げます。」などと締め切った会場に案内し、さくらなどをつかい競争心をあおり、高額な商品を売りつける。

4.点検商法
「○○の点検です。」とやってきて、「ここが故障している。」とか「新しく代えないと事故になる。」など商品を売りつける。

5.利殖商法
元本保証、高配当などとうたい、預託させたりビジネスへの投資をさせる手口で、預り金を運用さえしないサギグループもある。

転ばぬ先の成年後見

騙されないで普通に生活する権利をまもってくれるシステムってないのでしょうか?それが成年後見制度です。
成年後見って聞いたことはあるけど、難しそうでよくわからないな!という話しをよく聞きますが、決して難しい制度はありません。家庭裁判所、公証役場、法務局などのいくつもの機関が介在するために、複雑な説明になりがちですが、すべての機関が一丸となって、判断能力が不十分なために、財産侵害を受けたり、人間としての尊厳が損なわれたりすることがないように、法律面や生活面で支援する身近な制度です。

例えば、あなたに代わってアパートの賃貸管理をしたり、または、そのアパートを売って、その代金であなたの入院費を継続的に支払う権限(代理権という)を成年後見人等に与えたり、判断能力が衰えていることにつけ込まれ、不必要なものを買わされてしまった場合、成年後見人等の同意(同意権)なく契約してしまったとしたら、その契約を取り消すことができる権限(取消権という)を与えるなど、権限を上手に組み合わせることによって、あなたの望む暮らしを支援する制度です。

成年後見制度は大きく分けると、すでに判断能力に衰えがある方が対象の「法定後見」と、判断能力が衰える前に、予め契約により将来判断能力が衰えたときに助けてもらう方法を決めておくことができる「任意後見」に大別することができます。

任意後見制度

今が自分でなんでも決められるが、将来のことが心配という方に準備されたのが任意後見契約です。この契約は、公正証書で結ばれ、自分で決めた「ライフプラン」に従い(例えば、「できる限り在宅で生活したい。」「○○のことが心配なので自分の財産の中から援助して欲しい。」など)、その意思を尊重して契約した任意後見人が法律面(財産管理など)や生活面(身上監護など)を家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」の監督を受けながら援助するシステムです。

さらに、判断能力はあるが、高齢により体が思うに任せないとか色々と細かいことを考えると悩んでしまって疲れてしまうという方に、※一定の範囲の代理権を与えて代わりにやってもらうという契約もあります。
※ 財産の管理(預貯金や不動産の管理・維持の手続き)
※ 収入や支出の管理(貸しアパートの家賃管理や年金などの手続き、公共料金や定期的な支払いの代理)
※ 生活費や日用品の購入
※ 介護契約や福祉サービスの利用契約の締結・解除
※ 不動産の売買や修繕の契約
※ 要介護認定の申請、更新などの手続き
※ 施設入所の契約や費用の支払い

法定後見制度

法定後見は、本人や配偶者、4親等内の親族及び身寄りにない一人暮らしのお年寄りも後見制度を利用できるように市町村(区)長が申し立てられることになっています。(本人利益の視点から利用の促進が通知されていますので、介護の現場にいる方からも積極的に区にご相談下さい。)
申立により、裁判所は、鑑定するなどして本人の能力に応じ、補助(判断能力が不十分な方)、保佐(判断能力が不十分で援助を受けた方が良い方)、後見(判断能力がなく援助が必要な方)を開始します。
分類に応じて、裁判所の選任した、後見人や保佐人、補助人が、代理(本人の代わりにやってくれる。)、同意(本人が決めたことが適切かどうか判断してくれる。)、取消(本人が決めてしまったことを白紙に戻してくれる。)の援助をします。
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2006年04月10日

生活保護申請の要望書

またまた,時間がないので,PCの奥にしまい込んである文書を貼り付けるという荒技を使う司法書士Gです。

ただし,今回貼り付けたものは,今までのどうでもいい文書とは違い,現在も利用可能なものです。

ホームレス総合相談ネットワークの英知により起案したもので,ホンモノは所属弁護士・司法書士の連名となっています。が,外部にさらしますので,連名部分は削除しました。

連名はなくとも書いてあることは正当なものですので,ホームレス総合相談ネットワークの説明部分を削除し,空欄を埋めて,事実に即した形に訂正したうえで利用いただくことには問題ありません。

万一,申請すら受理しないとか,ホントに困っているのに却下された場合などは,ご連絡いただければお手伝いも可能です。




平成  年  月  日

○○福祉事務所
生活保護業務担当者 殿
要 望 書


私達は、ホームレスの方の法律問題について、関東地方を中心として相談・解決業務を行っているNPO・法律相談ネットワークの弁護士・司法書士です。
本日、生活保護申請に伺った申請者 ○○○○(昭和  年  月  日生)(以下、本申請者といいます。)は、安定した住居を持たない、いわゆるホームレスの方です。
本申請者の生活保護申請は、必ず受理されたうえで「保護の要否、種類、程度及び方法」を決定くださいますよう、ご要望申し上げます。
万一、却下される場合には、生活保護法等の解釈上、特に、以下の点について、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して、決定を下したのか、付記理由として必ずお書きください。

第1 補足性の要件について
生活保護法4条は、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを(略)活用することを要件として行われる」としています(補足性の要件)。ここにいう「能力」には「稼働能力」(働く能力)が含まれますが、働く能力があっても、それを現実に活用しうる環境がなければ補足性の要件が欠けるということにはなりません。
この点については、判例上も「補足性の要件は、申請者が稼働能力を有する場合であっても、その具体的な稼働能力を前提とした上、申請者にその稼働能力を活用する意思があるかどうか、申請者の具体的な生活環境の中で実際にその稼働能力を活用できる場があるかどうかにより判断すべきであり、申請者がその稼働能力を活用する意思を有しており、かつ、活用しようとしても、実際に活用できる場がなければ、『利用し得る能力を活用していない』とは言えない」とされています(林訴訟・名古屋地方裁判所平成8年10月30日判決。名古屋高等裁判所平成9年8月8日判決同旨)。
また、厚生労働省も、「居住地がないことや稼働能力があることのみをもって保護の要件に欠けるものではないことに留意し、生活保護の適正な実施に努めること」としています(平成14年社援保発第0807001号、平成14年8月7日付厚生労働省社会・援護局保護課長通知)。
さらに、局第9−1−(2)は、「自らの資産能力その他扶養、他法等利用しうる資源の活用を怠り又は忌避していると認められる場合は、適切な助言指導を行うものとし、要保護者がこれに従わないときは、保護の要件に欠くものとして、申請を却下すること」としているにすぎません。
前記のとおり、活用できる場がなければ利用しうる資源の活用を怠ったり、忌避していることにはなりません。
同時に、単に稼働能力活用を懈怠していても「適切な」助言指導が行われた上で要保護者が従わないという事情がなければ保護申請却下処分は許されません。
ですから、稼働能力の存在を前提にして、保護申請自体を拒否することが許されないのはもちろんのことです。

第2 親族の存在は当然に補足性の要件には影響しないこと
 民法上の直系血族及び兄弟姉妹の扶養義務(民法877条1項)は、扶養義務者の社会的地位、収入等相応の生活をした上で余力を生じた限度で分担すれば足りるものとされています(大阪高裁決定昭和49年6月19日)。
すなわち、扶養義務は、社会通念上それらの者にふさわしいと認められる程度の生活を損なわない限度で負うのであり、引き取って一緒に生活したり、扶養義務者自身が最低限度の生活まで生活レベルを切りつめて仕送りをしなければならないというようなものではありません。
また、これまでの人生の様々な事情から、親族とは絶縁関係にあり、頑として扶養の意思がないと言われる場合もあり得ます。このような場合には、厚生労働省も、扶養義務者が「要保護者の生活歴等から特別な事情があり明らかに扶養ができない者」にあたる場合には、「個別の慎重な検討を行い扶養の可能性が期待できない者として取り扱って差し支えない」としています。
さらに生活保護法77条は、保護の実施機関と扶養義務者の間における協議又は家庭裁判所の審判によって扶養義務者の負担すべき額を定めることができること、保護費を支弁した自治体の首長が扶養義務者から直接徴収することができる旨定めています。
かかる規定の存在は、扶養義務の履行について要保護者に過大な負担を負わせるべきでないからです。
扶養義務に関して、実施機関が行うのは「扶養義務者の調査」ないしは「扶養能力の調査」にすぎず、それによって扶養義務の履行が確保されるものではありません。
扶養義務の履行は、生活保護法77条が存在しているように、調整の難しい事項であって、にもかかわらず、扶養義務の存在自体を前提に生活保護申請を拒否したり、申請却下の処分をしたりすることは許されないのは明らかです。

第3 住所がないことを理由とした生活保護申請の拒否は違法であること
生活保護法は住居を有しない人を保護の対象者として予定しており(同法19条2項2号)、その場合の都道府県と区市町村間の費用の分担に関する規定を設けています(法73条1項)。この点は厚生労働省も「居住地がないことや稼働能力があることのみをもって保護の要件に欠けるものではない」という通知を繰り返し出しています。
住居のない人に対する保護は「現在地保護」となり、その人が現在いる場所を所管する福祉事務所が管轄の実施機関となります(法19条1項2号)。また、テント等を有しないホームレスの方で転々と各地を移動している方に対して、今現在福祉事務所の窓口にいることから福祉事務所の所在地を「現在地」として保護を開始した例もあります。
特に、生活保護法30条1項は、「生活扶助は、被保護者の居宅において行うものとする」として、居宅保護の原則を宣明しています。そして、同条但書きは、「これによることができないとき、これによっては保護の目的を達しがたいとき、又は被保護者が希望したときは、被保護者を(略)適当な施設に収容し(略)て行うことができる」として、収容保護はあくまでも例外であることを明らかにしています。
 このように、生活保護法が居宅保護を原則としたのは、施設での集団生活ではなく、在宅での生活を望むのが人として当然の心情であり、地域社会の中で自らの意思決定のもと人間らしい生活をおくることこそが「自立の助長」という生活保護法の目的を達成するためにふさわしいからです。
 また、同条2項は、「前条ただし書の規定は、被保護者の意思に反して、入所(略)を強制することができるものと解釈してはならない」とし、居宅保護が収容保護かを選択するにあたっては、被保護者の意思を尊重すべきことを規定しています(佐藤訴訟・大阪地裁平成14年3月22日判決同旨)。
 この理は、住居を有しないホームレスの人であっても当然に妥当し、住居のない人が居宅保護を望んだ場合には、敷金等の住宅費を支給して住宅を確保し、さらに布団代、普段着代、家具什器代の生活費を支給して、居宅での生活保護を開始すべきが法の建前です(同前大阪地裁判決、大阪高裁平成15年10月23日判決、確定)。
以上より、仮に、自立支援センター等の法外施策が生活保護法と同順位の自立支援であったとしても、本申請人は、生活保護による申請を求めていることから、いったんは、申請を受理し自立支援等施策による理由及び居宅保護により目的を達成できない理由を明記し、申請を却下し申請人の不服申立の機会及び申立の利便に資する必要があります。

第4 本申請者に対する要望
 以上の生活保護法、判例、厚生省の通達から明らかなように、本申請者のようなホームレスの方に対する生活保護申請にあたっても、一般世帯と同様、生活保護法の理念に則った手続がなされるべきです。
本申請者がホームレスで住所を有しないことを理由とした生活保護申請の拒否が違法であることは当然としても、仮に本申請者が65歳未満で一応の稼働能力を有している場合や親族がいる場合といえども、本申請者の説明から明らかなように、本申請者が要保護状態にあり、また、補足性の要件を充たすことから、生活保護の要件に欠けることがないことは明らかです。
したがって、本申請書を受理し、すみやかな調査のうえ、申請者についての早急な生活保護決定を希望します。
仮に本申請者の窓口での生活保護申請を受け付けない場合には、本申請者は郵送による生活保護申請を行います。
また、万が一生活保護申請が却下された場合には、審査請求等の不服申立手続を行う予定であることも、付言しておきます。
以 上
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2006年01月17日

憤りに近い違和感

税理士や弁護士がいることが妄想であることは十分理解しても,司法書士も一人であることを受け止められずにいる司法書士G(後閑)です。

本来であれば,11年目の朝を迎えた本日は,阪神淡路で感じた自分の情けなさや司法書士としての原点について吐露しようと思いましたが,文書化する時間がないので,また来年とします。

そんな訳で本日も,昔の拙文を貼り付ける荒技でお茶を濁します。作成日は02年10月となっており,ホームレス問題にちゃんと取り組む前のものですから,今と違う感想になっているところもあります。


憤りに近い違和感
96年1月小雪混じりの大変寒い日であったと記憶している。新宿の歩く歩道建設のために、ホームレスたちが強制退去される姿が盛んに放映されていた。
腕を組みあって抵抗するホームレスを警備員警察官が竹の子の皮を剥ぐように、一枚づつはぎ取る光景であり、それにBGMが流れスローモーションがかかれば立派な反戦映画のシーンそのものであった。当時もっとも近代的且つ前衛的な姿でそびえ立つ都庁を背景に、連行されていくホームレスの姿のコントラストが妙に気になり、憤りに近い違和感を覚えた。とともになにか言い表せない引っかかりがどこかに残っていた。

人権交流集会
憤りに近い違和感は、すっかり忘却し、*****************の身近な問題として、昼間から公園で泥酔し怒鳴り散らすホームレスを何時しか苦々しく思っていたことは事実である。そんななか青年法律家協会が人権交流集会においてホームレスに対する分科会を開催することを聞いた。都心に職住を持ち司法過疎と住民過疎を同列に捉えて、都心の司法過疎をないがしろにしていることに気づいた時期が重なっていたこともあり飛びつき参加した。
分科会の内容は大変参考になるものであり、法律家がホームレスの問題に関与することは当然であると認識するとともに、その裾野を広げなければならないと実感するものであった。同時に以前になにか引っかかっていたもの正体がまた気になり始めた。

山谷実態調査
引っかかりの正体を探しに、5月30日山谷に出かけた。山谷とは、正確にいえば墨田区清川の周辺の簡易宿泊所(ドヤ)が密集する地区で、大阪釜が崎・横浜寿町とともに三大寄せ場地区として昔日より日雇い労働者が集まる地域を指す。
山谷には、数多くの支援組織があるが、レクチャーをお願いしたのはカトリック系団体が母体のNPO法人山友会である。山友会は6人の常勤職員と多数のボランティアで構成され、相談事業・炊き出し事業・クリニック事業を柱として活動し既に17年の実績をもつ。山谷地区で山友会である旨を告げるときに、一種の誇らしさを感じるのは、如何に山友会がおじさんたち(ホームレスのことを愛情を込めてこう呼んでいる。よって以降おじさん、おばさんと表記する。)に、深く受け入れられているかを物語る。
最初のおじさんたちとの接近遭遇を叩き打った荒っぽい報告書を貼り付ける。


衝撃的でした。
目の前に寝ころぶ70歳の男性心不全で動くことができずに10日間同じ場所に寝ているという。
もう30年同じことの繰り返しで、このまま死にたいという。
すがる眼は、残念ながら生気が感じられない。
山谷で30年生きてきた彼の周りには、誰もいない。
元気なホームレスからも離れてひとりぼっちであることを嘆く。
この男性は、山谷クリニックの医師の指示により救急車で運ばれた。
適切な治療を受けた後、またここに戻っていずれこの場で他界するのではないだろうか。
今回の調査には、大きすぎる収穫があった。
・・・・・・・・中略・・・・・・・
毎週水木曜日に、炊き出しを行っているが、ホームレスの増加により根本的事業の変革を求められている。
具体的には、炊き出しのおにぎりが足りない。炊き出し場所にホームレスが集まりすぎて近隣とのトラブルになる。若年ホームレスが先を争いおにぎりをもっていってしまい本当に支援が必要な高齢病弱なホームレスに行き届かない。
これら様々な問題を改めて検証するために本日の調査は行われた。普段炊き出しをしない場所に出向き一人一人こまめに声をかけてまわった。
既に山友会の知名度は高く、山友会であることを告げると誰もが笑顔で向かい入れてくれる。
各所にコミュニティが成立しており、そのコミュニティが残酷な現実ももたらす。
酒を飲み赤茶けた顔のおじさん(山友会の方々は愛情をもってこう呼ぶ)たちは、紳士の然として帽子をあげて挨拶をし、おにぎりを持った私たちに親しい仲間を紹介する。
一方で強者弱者の区別は残酷でもあった。
この現実に目を背けることなく事実を事実として受け止めることからスタートしなければならいことを理解したい。
・・・・・・・・中略・・・・・・・
結論として申し上げる。おじさんたちに対する法律家の支援は必要である。早急に必要である。

その後、月に一度から二度の調査は、毎回多くの宿題を出されているようである。女性ホームレスの独自な問題、強制撤去にかかる人権上の問題、生活保護受給の問題、アルコール依存の問題、ホームレス間の強弱の問題、地域住民とのトラブルetcまったくキリがなく、ホームレス問題という一括りする事自体が誤りであることに気づく。

引っかかりの正体
96年に感じた、言い表せない引っかかりの正体は、それほど時間がかかることなく肌では理解した。それを表現することは難しい。しかし、誤解を恐れずに表記すれば、おじさんたちを支援する多くの組織は、宗教団体や政治団体がバックボーンとなっている。その支援団体の善意がおじさんたちを支えているのだが、その支援組織は、時には行政と対峙し、時には妥協して、おじさんたちの権利を擁護していかなければならない、だからかもしれないが、対峙するときにはおじさんたちの権利を闘争に置き換えなければならない、妥協するときには神秘のものとの契約に置き換えざるを得ない。その闘争に置き換えた象徴的なシーンとして96年の事件があったような気がする。
しかし、おじさんたちが、そんなに強い人間であるとは限らないし、強くなければならない道理もない。今、置かれている状況の中での平穏な生活を希求するおじさんもいる。それは、おじさんたちも普通の市民だからである。日常の生活の中の日常の係争やトラブル、あるいは、無知や誤解をもって路上生活を余儀なくされた原因である通常の法律問題まで包括的に、その支援組織に頼らざるを得なかった現実が引っかかりの正体であった。それこそ司法制度改革で議論された「国民の権利擁護が不十分な現状」そのものである。

三谷・・雑感
 「明日のジョー」が逆に渡る英雄であった泪橋は、現在は6車線道路と4車線道路が交差しる幹線沿いであり、その面影はない。しかし、一度路上生活を余儀なくされたおじさんたちが泪橋を逆に渡ることの難しさは、今でも変わらないのかもしれない。

住宅保護受給が決定を受けてアパートを借りたとしても、就職先がなく、また路上に戻っている現実も多い。実際に若年ホームレスから就職が決まったと報告を受けた喜びも束の間、また路上でお会いする現実も体験した。
しかし、長らくの路上生活の末、2年前から生活保護受給を受けている、おじさんから四畳半一間のアパートで聞いた。「冬になると、こんなに暖かい部屋に一人でいることが申し訳なくて、寒い日は近くの公園をパトロールして、体力の弱っているおじさんを見るとたまらず部屋に招き入れてしまう。」との気持ちは、四畳半の温もり以上に暖かいに違いない。
さて、ホームレス問題は、この10月から施行された「ホームレスの自立支援等に関する臨時措置法」に基づいて民間・国・地方公共団体一体となって解決に資することになるが、法律家としての役割は先に書いた引っかかりの正体を地道に堅実に埋めて行くしかない。また、それは私たちの使命だと思う。
最後にまったく関係のない話になるが、山谷を歩いていると、真っ白な灰になったジョー矢吹がなぜか今も安酒をあおりながらこの地にいるような気がする。
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2006年01月03日

揺 れ る 島

あけましておめでとうございます。

ところで,Nさんレッズの優勝おめでとうございます。大江戸温泉物語のサウナで応援していました。!(これで二つ検索エンジンにかかるかも?)

既にネタ枯れ状態の司法書士のG(後閑)です。(なんとかイニシャルを維持しています!)

そのGは,すっかり正月休みを満喫しています。そこで,パソコンの奥の奥にしまってある拙文を小出しにするという荒技を使います。
この文書は,司法書士Kさんに書かされたもので,作成日は,00年8月となっており,三宅島民の避難指示がでる前の文書です。考えてみると,三宅の方々ともずいぶんと長いお付き合いになりました。

揺 れ る 島

 
東京会 後 閑 一 博

1.地震に揺れる島
この原稿を執筆する現在(00年8月4日)、伊豆諸島において、毎日のように強い震度6クラスの地震が群発しております。震度6という阪神淡路大震災級の大きな地震ではありますが、崖崩れ等の被害や火山灰による被害はあるものの大きな人的被害の公表がないことがせめてもの救いではあります。しかし、島嶼の問題は、例えば港が崩壊してしまう危険が常にあり、避難一つできなくなってしまう危険と背中合わせの中で生活される市民の心労たるや想像を絶するものがあります。
全青司では、被災市民ホットラインを設け、被災市民の法律上の相談を毎日電話で受け付けております。現時点においては、やはり法律上の問題というより、行政においてどれだけの救済が受けられるのかの質問がほとんどです。これは、有事においてのセーフティーネットとしての行政の役割の大きさを示すと共に、残念ながら縦割り行政により窓口を探し出すことも市民には大変な苦労がいる現実を示しているのかもしれません。
注:全青司とは,全国青年司法書士協議会の略で,司法書士KもNも所属しており,小笠原相談活動等をはじめた司法書士制度の良心みたいなGoodなグループです。
また、行政上の相談にも小笠原法律相談時より強いコンタクトをもつ行政監察事務所行政相談員協会や離島センター等の多大な協力により対処できていることを報告します。
何より、心からお見舞い申し上げます。

2.夢に揺れる島
今回、伊豆諸島の震災を含めたコラムの執筆依頼を受けて書き始めましたが1について、同列の記載が難しかったため2以降と切り離してお読みいただければ幸いです。
島に魅了された人々は、実に多くおり、それぞれの思い入れで語りますので、私のようなものが島を題材としてコラムを書くこと自体が許せないと思われる同士もまた多数いると思います。そんな方には先にゴメンネ!と素直にいいます。正直言えば、島についてものを書くのに2週間の準備期間だということ自体が失礼な所行なのかもしれません。
その位、島には何か人を引きつける魅力があります。少年であった頃必ずといっていいほどロビンソン・クルーソーや15少年漂流記に胸を躍らせ、次のページを開いた記憶があるのではないでしょうか。
少年の大き過ぎる希望の前には、たとえ大きな大地の中にあっても、自分のいる町は狭すぎて窮屈であり、なにもかも整備されていている環境が不自由だったのです。そこで少年達が、小さな島に思いを寄せて無限の大きさを享受し、自然の猛威を直撃される危険のなかでの本当の自由を欲したとすれば、少年達が島に求めたのは自分王国の建立だったとのかもしれません。
少年は必ず大人になります。その狭間があったとするならば、自分王国への挫折を意味するのかもしれません。ならば、私自身は、その瞬間を八丈島で迎えたと考えます。少年から青年に生まれかわらねければならない10代の終わりの半年間その地で生活をしました。多くの目的をもって渡島したのですが、今思い出すと延々とただ打ち寄せるだけの波を見続けた半年だったような気がします。私は、打ち寄せる夢と現実の間をただ傍観していたのかもしれません。

3.政治に揺れる島
多くの夢で語ることができる島については、もう一つの重要な切り口があります。島は、必ずと言っていいほど歴史的・政治的な背景をもっています。
八丈島や三宅島は江戸時代流刑の島として有名で、八丈島は江戸時代に宇喜多秀家を第1号として1865人を、三宅島には1400人を送り込んだとの資料があります。もっと古くは平安時代末期に源為朝が伊豆大島に流されたと云われていますが、その後、琉球王朝を起こしたとの話は伝説といたしましょう。
また、多くの島では、当然平地が少なく耕作に適さないため貢租として、鮫皮等を加工した武器部品や大奥のための染め物を年貢として収めたとの記述を読んだことがあります。そのためそれらを禁制品とし、禁制品をつくらせるがために身分を低く定めて監視を厳しくしたとの歴史上の記述も政治的に利用され続けた島独自の背景なのかもしれません。
同時に、平地が少ない島は多くの飢饉が発生しました。八丈だけの資料によってもほぼ10年単位で大きな飢饉があり、数百人単位の命を落としているとあります。飢饉の発生原因も津波・噴火・大シケ・風害・疱瘡と島嶼特有の原因が多く、大自然との格闘の歴史でもあります。
しかし最も大きな歴史的背景は有人離島であることの意味にあります。八丈島のように6000年前から有人であった島も確かに確かにありますが、ほとんどの島は入植により住み着いた島です。その極例が小笠原です。
小笠原は開拓された島です。本格的には明治9年それまで利用権を排除し、主に八丈島民の移住により開墾された島です。その背景には、軍事国家として領土拡大のための有人離島とする、いわば人質としての政策があったことは否定できません。
その後の戦災では当然ながら大きな被害を受けました、中でも硫黄島は島の形が変わるほどの空爆を受けたことは有名な話です。昭和19年には強制疎開があり、生まれ育った島をいつ戻れるかも判らず離れなければならなかった島民は、自分の開墾した畑がただ枯れていく姿をどう考えたのでしょうか。
また、小笠原島民の疎開地での状況を示した書籍に目を通しましたが、豊かな島であったが故の帰村すれば、いつでもまた稼げるという気楽さから散財し、後に大変な苦労された方が多いとありました。
そのため昭和43年に日本に返還され居住が許された時に、1割の住民しか帰村できなかったと聞いております。
硫黄島も同様に民有地でありながら未だ帰村が許されていません。島民にとっての戦後はいまだ終わっていないのかもしれません。
これら、すべて東京都のお話です。北方四島の問題、沖縄の問題、佐渡島の問題、島は常に大きな力に左右され揺れてきた小さな舟なのです。

4.揺れる法律家
パラダイスであり、歴史的政治的背景がある島の話ですが、法律家の立場から語らなければなりません。
現在、伊豆諸島に3人の司法書士がおります。八丈島に2人、三宅島に1人ですがその他の島には弁護士はおろか司法書士もおりません。
この2月に法律相談をおこなった小笠原村ですが、法律家による3年ぶりの法律相談ということもあり13組の法律相談を受けましたが、現在小笠原に渡島している離島問題の戦友である愛知学泉大学の山上先生の報告によると、5ヵ月後の現在またあらたな相談があり、その内容も手が不自由で自筆証書遺言を書けない方からの遺言に関する相談や消滅時効を過ぎた債権の請求等、放っておくことができないものばかりです。
押し寄せる波のように政治的にゆれ、夢と現実の狭間でゆれ、震災でゆれる島に、司法過疎の問題として、自然環境の問題として、高齢者等人権の問題として法律家もまた苦痛にゆれなければなりません。
posted by MotherShip at 21:49| 東京 ????| Comment(1) | TrackBack(0) | PCの段ボール箱