2009年01月06日

派遣村の閉村

こんばんは。大冨です。


派遣村の活動が、行政も政治も動かしましたね。

 年越し派遣村:5日以降、廃校など4カ所に全員収容へ

 舛添厚労相:労働者派遣法見直し「製造業対象外望ましい」

 5野党、国会内で「雇用と住まいを守る緊急集会」


運動としてこれはすごいことです。
さすが湯浅さん。

運動論としておもしろい分析をしているブログがあったのでリンク&トラックバックしておきます。
 年越し派遣村はピクニックである


一方でこんな声も。

 派遣村「働こうとしている人か」 坂本総務政務官発言


批判的な意見を書いているブログも数多くあります。

  人に頼るなんて甘いんだよ!

  俺の方が不安定だ!

  非正規雇用が不安定なのなんて分かりきってたことだし、自己責任だろ!

などといった主張が多いようです。


確かに人の意思というものは弱いもので、甘やかされるととことん甘くなりがちなものです。
けれども、彼ら彼女らがあの場所にいたのは甘えの極みである、自己責任の結果だと言い切る方にこそ、実際にその当人たちに触れ合ってみてほしいものだと思います。
その前と後ではまったく違う印象を持つだろうというのがこれまでこうした問題に取り組んできた者としての実感です。

派遣切りというキーワードに当てはまる人たちばかりではなく、派遣村のニュースが取り上げられるずっと前から路上で生活している”ホームレス”の人たちについても同じことが言えます。

そもそも、これまでの生活が甘かったら、自己責任といえるのだったら、だからノタレ死んでも良いってことにはなりません。

今回ここまでマスコミがこの問題を取り上げたことによって今までなされてきた(違法な)生活保護行政が一気に覆る可能性がある一方、ある特殊なカテゴリーは護るが他の特殊なカテゴリーは護らないという生存権の本質に反する運用がされる危険にも注視していかなくてはなりません。

日比谷公園のある千代田区の福祉事務所は、派遣村からの200人以上の生活保護申請を今日一日で処理しきれなかったそうですし、社会福祉協議会の一時貸付金も資金をついてしまっているそうです。

これからが法律の現場にとっては正念場だということです。


(追)
「生活ができない」という現実を前にして派遣村には善意が集まっていました。

医師や看護士。
炊き出しの準備や炊事をする人たち。
食料や衣服を持ってくる人たち。
法律家。

そういえば、1月2日の日にギターをアンプを抱えてやってきた女性シンガーの人。「音楽で少しでも元気付けられれば」との思いで参加したのだと言っていました。
いい声だったなぁ。
お名前もチェックしませんでしたが、またどこかで聴きたいものです。

その他にも純粋に手弁当でボランティアとして入村者の倍ほど3倍以上(1月7日修正)にもなるたくさんの数の人たちが参加していました。

派遣村には本当にたくさんの善意が集まっていました。

それはそれは素敵なことだと思うのですけれど。
posted by MotherShip at 00:02| 東京 霧| Comment(1) | TrackBack(0) | “ほーむれす”や“貧困”の問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
正確には閉村ではなく,引っ越しです。
いまだ安心して生活できる場所の確保には至っていません。
Posted by G at 2009年01月06日 12:36
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